学園は異様な熱気に包まれていた。
校門へと吸いこまれていくかのように、つぎつぎと人が集まっている。
学園前は派手に装飾が施されており、一歩、門をくぐれば『翔愛祭2013』と書かれた段幕やのぼりがそこかしこに掲げられているのだった。
様変わりしている学園内を進む三好紀子は、そんな熱気を孕んだ空気に驚きを隠せなかった。
生徒たちがみな思い思いの恰好で、演し物を通じて自己表現を一生懸命しようとしている。
ゲームを通じても、そんな熱気が伝わってくるからだった。
『キャラフレ』をはじめて半年。
正直、紀子は学園生活に飽きはじめていた。
それは友だちを増やそうとしない自分に原因があるのだが、生徒会や先生からの頼まれごと(クエスト)をすべてこなしてしまい、自分の天使を見つけてからは、登校(ログイン)する機会も少なくなってしまっていたのだ。
仕事が忙しかったこともある。
秋は結婚式の最盛期であり、式場で衣裳直しのアルバイトをしている紀子はアパートと仕事場を行き来するだけの日々で、あとはお風呂に入って寝るだけの生活がつづいていた。
仕事の疲れをすこしでもやわらげるために、空いた時間はすこしでも眠りたい。肌寒くなってきたことも手伝って、なにをやるにも億劫になっていて、『キャラフレ』の学園生活からは疎遠になっていたのだった。
だから仕事がようやく落ち着いて、年中行事の『翔愛祭』をのぞいてみようと思ったのは、ほんの軽い気持ちからだった。
ひさびさに自分の天使の世話をするついでに——そう思っていたのだ。
ところが、いま、紀子はどこにいってもたくさんの生徒とすれ違うというこの学園内の盛りあがりに一種、〝当て〟られていた。
演し物をやっている多目的教室へ行けば、きちんと店番の生徒が待機していて、ゲームのチケットを配布したり、話しかけてきてくれる。
同好会生徒による演し物も盛んだった。
自主映画やメイド喫茶、公開ラジオ放送やミニゲームまで……。
自分の好きなことを、気の合う仲間といっしょにやっている生徒たちは、みな輝いて見える。
(わたしも関わりたかったな……)
紀子は彼ら・彼女たちをうらやましく思うのだった。
と、同好会有志の演し物をやっているはずの教室にはいると、店番をしていると思われるひとりの女子生徒が、泣きそうな顔をしていた。
女子生徒は黒髪できれいに前髪を眉の上で切りそろえた日本人形のような女の子だった。黒いワンピースに編み上げブーツを履いている。羽織っている陽気なお祭りの半被が、悲しそうな表情と対比して、より深刻な雰囲気を醸し出していた。
ひと呼吸遅れて、紀子の来店に気づいたのか、女子生徒ははっとして「あ、いらっしゃいませ〜」と笑顔をつくった。
「大丈夫? なにかあったの……?」
思わず紀子が問いかける。
「え……?」
とぼけたように女子生徒は首を傾げる。
「なんだか困っている様子だったから……」
ほかの演し物をやっている同好会ブースとはあきらかに雰囲気がちがう。そんな印象をもった紀子だった。
刹那、ごごご、とものすごい物音とともに、教室を仕切っていた段ボールの書き割りが折れ曲がって崩れていった。
「ああああ!」
紀子と女の子が同時に声をあげた。
「わたし、紀子っていいます。もしよかったらのりちゃんって呼んでね?」
崩れた段ボールの修復を手伝いながら紀子は、そう名乗った。
店番をしていた女の子は、佐久間詩織、さっちゃんと呼ばれる女の子だった。
翔愛祭最終日。さっちゃんは店番を担当することになっており、こうしてお客さん待っていたわけだが……。
「実は演し物の仕切り壁が——段ボールでできているんですけど、壊れかけてきてしまって……」
もはやこれ以上は隠し立てできない、というように、さっちゃんは告白した。
連日の賑わい、来場者に耐えてきた急ごしらえの演し物の書き割りの段ボールが、もう持たなくなってきているのだ。
「さっきからガムテープとスズランテープで補強してるんですけど……」
言っている端から、さらに書き割りに崩壊が起こる。
「これはもう、ダメだね……」
紀子が言うと、さっちゃんはがくんと肩を落とす。
「あと数時間持ってくれればなあ……」
さっちゃんが大きなため息をつく。
「わたしでよかったら、なにかお手伝いしましょうか?」
紀子が思わず助け船を出す。自分でもどうしてそんなことを言いだしたのか、よくわからない。翔愛祭に参加し遅れた自分が、せめてすこしでも関われるチャンスかもしれないと感じたのか。あるいは目の前で困っている女の子を放っておけないと感じたか。
いずれにせよ、紀子は
「わたし、暇だし、なにかできることがあったら、何でも言ってよ」
と提案した。
「そんな、とんでもないです!」
さっちゃんは首を振って断る。
「ってか、もう手伝ってるし……」
「ああ! そうでしたね……」
お互いの顔を見合わせて、2人はふふふと笑った。本当だったら笑っていられるような状況じゃないのに、その瞬間だけは、なんだかお互いの気心が知れて、温かい気持ちになった。
「ありがとうございます……」
あらたまって、さっちゃんが言う。
「では、お願いがあります! 壁を補強するために、廃材を運ぶのを手伝ってもらえませんか?」
さっちゃんと紀子は、たくさんの生徒が行き来する廊下を通って、裏庭の廃材置き場へ向かった。
翔愛祭の演し物で使う大道具の廃材が、そこには集まっている……そのはずだったのだ。
裏庭ででると、パチパチと小気味のいい火が爆ぜる音と、煙っぽい香りが鼻腔をくすぐった。
「あああああ!」
またしても2人は、裏庭の光景を目の前にして、大声を上げた。
翔愛祭最終日の今日。
裏庭では、お祭りもあと数時間と迫ったなか、後夜祭用に廃材を燃やし始めていたのだ。
「どうしよう……やっぱりお店たたむしかないかな……」
「大丈夫。まだなにか方法があるよ」
今度2人が向かったのは、屋上へつづく階段だった。
各教室の椅子や机は、演し物のために外へ運ばれている。運ばれた椅子と机は、ここ屋上階段前に集められていたのだった。
「ちょっと重たいけど、机を重ねて段ボールの支えにすればいいんだよ」
意気消沈するさっちゃんを励ましながら、紀子は必死に言った。
「うまくいくでしょうか……」
何度か教室と屋上階段とを行き来して、机を運び入れた2人は、机を積み上げ、崩れないようにスズランテープとガムテープで固定する。
そこに沿わせるようにして、段ボールの書き割りを建て直して……。
「手を……離すよ?」
こっくりうなずき、さっちゃんは書き割りから手を離す。
紀子もそっと書き割りから離れた。
ようやく、崩れた書き割りの再建に成功した瞬間だった!
「はあ〜 よかったですう!!」
さっちゃんは紀子と手をとって、その場ではしゃぐように喜んだ。
紀子はあらためて、復元した書き割りを見あげた。竹藪のなかにたたずむ古びた神社といった感じの書き割りだ。そこかしこに人魂のようなものが浮かんだり、よく見ると竹藪からひょっこり妖怪たちがこちらをのぞき見ている。
「……ところで、ここはどんな演し物をやるところなの?」
「……お化け屋敷です」
「えっ、お化け屋敷!?」
「同好会会員はわたしひとりですけど……」
「ひとりでお化け屋敷をやっていたの!?」
てへっとさっちゃんが笑う。
「のりさんが、はじめてのお客さんでした」
呆れた顔で紀子がさっちゃんの屈託のない笑顔を見つめる。やはり放っておけない。そういう気にさせるなにかをさっちゃんは持っている。
「よし……じゃあ、ここまで乗りかかった舟だし! 最後まで付き合ってあげるか!」
余っていた法被を羽織った紀子は、腕まくりして言った。
「ホントですか!?」
「だって翔愛祭は、まだ終わってないんだから!」
紀子とさっちゃんは、大きく笑った。
おしまい
この物語はフィクションです(協力:24時間楽しんじゃお~部/翔愛学園生徒の皆さん)
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