最高の想い出を(前編)

荻野遥はえりりと手を握りあいながら、河口湖方面行のホームで電車の到着を待っていた。ホームにはほかにも、これから修学旅行に参加しようとする同級生たちが集まっていた。

えりりと遥

「なんだか緊張する」えりりが手をぎゅっと握りなおして言った。そっと息を吐き、深呼吸をはじめる。「はじめての修学旅行……楽しい思い出つくろうね?」

えりりは遠心的な眸をうっとりホームの向こう側に投げかけている。そんな彼女の横顔を眺めつつ、遥は手を握りなおした。ぎゅっと。思いをこめ、ちょっとだけ強めに――。

9月恒例行事である修学旅行イベント。今年は富士山や静岡・山梨方面へ向かうことになっている。【キャラフレ】にはいくつかの年中行事が存在する。体育祭や学園祭、林間学校、そして今回のような修学旅行だ。

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遥は修学旅行にはさして興味を持っていなかった。なぜならば、学生時代、修学旅行にいい思い出があまりないからだった。

班や部屋の組み分けの際にのけ者にならないかの不安、観たいアニメが見れないこと、ネットができないストレス、集団生活における遠慮と我慢……。たとえ数日間の我慢とはいえ、どうして何万もお金を出してこんな我慢をしなければならないのか。行事参加に意義を見出せなかったし、やさぐれた思いしかない。

翔愛学園の修学旅行も、遥は参加する気があまりなかった。みんなが帰ってくるまで登校【ログイン】は控えるかな、と考えていた矢先、遥はえりりと出会ったのだった。

1-64

えりりとは1年64組の教室で友だちになった。彼女はいつも教室にいて、授業が始まるのを待っていた。小柄でショートカットのえりりは、出会うたびに衣装が変わっていた。ちゃんと毎日着替えているのだ。万年一張羅の遥は、自分のずぼらさが恥ずかしくなるほどだ。

えりりはあまり友だちはつくらず、もっぱら頼まれごとをこなしたり、授業を受けたり、おしゃれをして学園生活を楽しんでいるのだった。自分から積極的にはほかの子に話しかけないので、まだ友だちもすくないらしかった。

修学旅行期間中は、当然、授業はお休みである。引率のために先生たちも出払っているからだ。授業を真面目にこなすえりりにとっては、さぞ残念でならないだろう――修学旅行に対してネガティブなイメージしかなかった遥がなんとはなしにえりりに訊いてみると、意外な答えが返ってきたのだった。

「そんなことありません( *'σI')  わたしは修学旅行、楽しみにしているんです。。」

えりりと遥2

部活動に参加したり、友だちと会話するより、ひとりで学園生活をこなす方が好きなのかと勝手に思い込んでいた遥は、ちょっと驚いて、「へえ、えりりは修学旅行参加するんだ?」と訊ねた。

「はい……」

はにかみながら顔をうつむけたえりりが言った。

「よかったら、一緒に行ってもらえませんか?」

「え?」

これまでにないえりりの積極性に戸惑いながら、遥は返答に窮した。

「……それとも、もうほかの子と約束しちゃいました?」

「ううん。そんなことないよ」

遥はすぐに否定する。

「じつは修学旅行に参加するつもりが、あまりなかったんだ」

「どうしてまた……?」

「まあ、ちょっとね」

ほのかな苦みを感じつつ、遥は言葉を濁した。

「わたしは、修学旅行に憧れていたんです」

乗り気ではない遥とは対照的に、瞳を輝かせたえりりが言う。

「行ったことなかったから……」

「行ったことがないって……修学旅行に?」

「はい……」

申し訳なさそうにえりりがうなずく。

えりり

「わたしは小学生のころから、病院にいるから……」

どうやらえりりは、子どものころからなにか病をかかえているらしく、病院生活も長いようだった。そんな彼女にとって、学校の年中行事、わけても〝ここではないどこか〟へ連れて行ってくれる修学旅行には、格別の想いがあるらしかった。

またしても遥は、自分のちいささに恥ずかしくなってしまう。行きたくても行けない子もいる。なのに自分は、修学旅行にネガティブな思いしか持っていなかった。不平不満ばかりだった。

えりりに最高の想い出をつくってあげたい――そんな想いがにわかに遥の胸中にわいてきた。思い返せば自分も修学旅行にはよい思い出がない。せっかくなら、えりりと一緒に記念をつくろう。

胸中ひそかに決意した遥は、「じゃあ、いっしょに行こっか! 修学旅行!」と言った。

「ホントに!?」

えりりがにわかに表情を明るくする。

「最高の想い出をいっしょにつくろう!」

えりりと遥3

電車に乗って翔栄町を出て、河口湖を目指すこと約20分。同級生たちと一緒に、遥たちは河口湖駅に到着した。引率の先生に連れられ、宿泊所ホテルにやってくると、割り当てられた部屋に荷物を置いてさっそくお土産コーナーに歩を向ける。

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ペナントや記念Tシャツ、おまんじゅうなど眺めながら、「あしたは富士山に登るんですよね?」とえりりが訊いてくる。

「そうだね。ねえ、せっかくならさ、ご来光見に行こっか!?」

「ご来光……?」

えりりは小首を傾げた。

「富士山の頂上から、地平線に昇ってくる朝日を拝むことだよ」

「ほへ~」両手を組み合わせ、えりりは瞳を輝かせる。「ご来光、ぜったい見たいですぅ!(((✿ฺ≧▽≦)ノ彡☆」

わきをしめ、拳に力をこめてえりりは宣言する。

「遥さん、お付き合い願います!」

「う、うん……」興奮気味のえりりに驚きつつ、遥が応える。「じゃあ、余裕を見て夜明け前から出発しよっか。わたしたちみたいに体力ないと、休み休みゆっくり昇らないと倒れちゃうからね」

「はい!」

えりりは未だ見ぬご来光に期待を膨らませながら、お土産のおまんじゅうを買い求めていた。

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仮眠をとってから、遥たちは富士山を登りはじめた。ご来光を眺めながら朝食を摂ろうということになって、お弁当を持参する。登山の途中、何度も食べたい衝動に駆られたが、そのたびに遥は「だめです! ご来光を拝みながら食べるのです!」とえりりにたしなめられた。

そのかわり、あまりにおなかが空いたので途中の休憩所でカレーを食べることにした。普段だったら夜中にご飯をたべることなどないのだが、あまりの疲労から、身体が食べ物を欲していたのだった。

富士山カレー

カレーは格別においしかった。食べきれないかもしれないね、と話していたが、2人はあっという間にたいらげてしまったのだった。普通のカレーが、なにか特別なもののように感じられるから不思議だ。

「あともうすこしですね。そろそろ行きましょうか……」

 そう言いながら、急にえりりは胸を押さえた。

「どうしたの、えりり!?」

「すみません、心配おかけして……」えりりはごくりとおおきく唾をのみ込んだ。「普段しない運動をしたせいか、あるいは興奮したせいか、胸が締めつけられるんです……」

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「大丈夫!?」

 おおきく深呼吸を繰りかえし、えりりは胸に手を当てたまま瞑目する。

「……大丈夫です。落ち着きました」

「もうすこし休んでいく?」

「ご来光に間に合わなくなってしまいますぅ!」

 いつもの調子を戻した容子のえりりに、遥はほっと安堵のため息を漏らす。

「調子悪くなったらすぐ言うんだよ?」

「はい……いざ、山頂へ!」

 次第に周囲の景色が明るみはじめていた。はやくしなければ、陽が昇ってしまい、ご来光を見逃してしまう――そんな焦りからか、2人は無理をしていることに気づかなかった。9合目まできたところで、突然、えりりがついてきていないことに気づいた遥は、さっと全身が粟立った。

「あれれ? えりり……?」

 嫌な予感が胸に兆し、来た道を引きかえす。

「えりり!! えりりーー!?」

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 何度彼女の名を呼びかけようと、えりりの姿を見つけることはできない。

「えりり……」

 もうご来光が拝める時間だった。しかし、いまはご来光よりもえりりのことのほうが心配だった。遥は来た道を引きかえしはじめた。

「えりりー!!」

後編へつづく

 この物語はフィクションです