登校【ログイン】した斉藤公恵は、翔愛学園からいちばん近いところにあるショッピングモールに行った。そしてヘアサロンで髪を染め、髪型を変えて、試着を繰り返した。なかなか思うようなアバターにならない。どの服を着せてみても、なんだかちぐはぐで、まとまりがないように感じてしまうのだった。
(これじゃ、あの子に気に入ってもらえないよ……)
公恵はそっとため息をもらした。
きっかけは、【友だち】のささやかな一言だった。
公恵の【友だち】である佳代は、黒のドレスや重ね着をしたりして、いつもおしゃれだった。そんな彼女のお洋服に感心していた公恵に、佳代は
「公恵ちゃんはちょっと大人し目だね~」
と言われてしまったのだった。
《キャラフレ》をはじめたばかりの公恵のアバターはといえば、黒髪に制服。靴は体育館履きで、お世辞にもおしゃれとはいえなかった……。
ブラウザゲーム《キャラフレ》で学園生活を送る【アバター】は、いわば自分の分身・化身だった。学生服以外にもさまざまな衣装・コスチュームが用意されているから、おしゃれにこだわりたければ課金することでポイントを得て、購入することができる。
《キャラフレ》をはじめて約1ヶ月。【友だち】も増えてきた公恵も、そろそろ周りの子たちとおなじようにおしゃれにチャレンジしてみたくなっていた。そんな刹那に【友だち】から言われた一言で、公恵はイメージチェンジを決意したのだった。
芸術大学で映画を専攻する公恵には、実はひとつ、大きなコンプレックスがあった。それは映画コースの同期生はみんな映画作りに着手しているのに、公恵にはまだ仲間が集まっていないということ。秋にはドキュメンタリーの制作という課題があったのだが、映画学科の俳優コースの友達がいなかったので、自分でナレーションを吹き替えたりしていた。
別に映画作りの仲間がいないからといって、単位がとれないとか、いじめられているとか、問題があるわけではない。ただ、映画に対する熱い想いを胸にした同期生が集まって会話をしていると、公恵は一人引け目を感じてしまうのだった。
(どうしてわたしは映画学科になんか入学してしまったんだろう……)
孤立しがちな公恵が、《キャラフレ》をはじめたことがきっかけで、文学好きの子や映画が好きな子と交流できるようになった。引け目を感じてしまう同期生とはちがって、【友だち】とは素直に思っていることを話し合える気がしていた。
そんな気の置けない【友だち】と、もっと仲良くなりたい。
イメージチェンジして、【友だち】を驚かせたいと、公恵はショッピングモールで試行錯誤を繰り返した。
ショッピングモールには、ファッションやヘアサロンのお店の他に、お洋服の福引きがある。引き次第ではお手軽におしゃれなアイテムが揃うので、重ね着するインナーやアクセサリーを探しているなら試してみる価値がありそうだった。
公恵が試したのは、【ギャルッくじ】と呼ばれる福引き。1回100コイン(約100円)でガラガラを回すことができる。3回まわして、公恵が引き当てたのは、イヤリング、七分丈のサマーパンツ、ベルト付きキャミの3つのアイテムだった。
さっそくアイテムリストに加わった洋服を試着してみる。現実の世界では絶対にできないような服装をアバターに着せられるのも、《キャラフレ》の大きな魅力のひとつだ。
ショートカットに切った髪に、キャミソールと七分丈のズボン、足もとはサンダル履きにしてみると、いままでの野暮ったい黒髪の少女とは見違えて、活発な女の子に見えた。
(これなら少しは気に入ってもらえるかな……)
ショッピングモールから翔愛学園に戻ろうとした公恵は、方向キーを間違え、普段とはちがう方角へ進めてしまった。どうやって戻ったらいいのかと操作しているうちに、翔愛学園中等部の校門前近くの住宅街で、『くつの筒井』というショップを見つけたのだった。お店に入ると、ちょっとミリタリーなショートブーツが販売されている。それなりに値は張るが、あまり見かけないアイテムなので、思い切って買ってみることにする。
そうして揃えたアイテムを身につけ、翔愛学園に戻ると、いつもみんなが集まる下駄箱で、佳代ちゃんを見かけた。佳代はワインレッドのドレスを見事に着こなし、かわいらしいぬいぐるみのバックを肩から提げている。ショッピングモールに売られていたアイテムリストは、穴があくほど見てきた公恵なので、彼女が特別なアイテムを身にまとっていることはすぐにわかった。
気後れしつつ、勇気を出して「こんばんわ~」と話しかけてみる。
佳代は、すぐに公恵のアバターの変化に気がついて、「あれ? イメチェンしたんだ(≧◇≦)」と返してくれる。
「……どうかな?」
相手の反応を待つ。すこし間があってから、
「かわいいね~」
と佳代は応えてくれた。
「ありがとう!」
「ちょっといま用事があるから、抜けるね~」
そう言うと、佳代は下駄箱から去って行ってしまった。
褒めてはくれたけれど、どこか素っ気ない態度に、公恵はとてもさびしい思いだった。
(もしかしたら、この服装見てセンスがないって思ったのかな……)
そう考え出すと、せっかく試行錯誤したアバターが気に入らなくなってくる。
ギャルッくじで揃えたキャミも。
新調したブーツも……。
どれもいまの公恵には不釣り合いで、似合っていないのではないかと思ってしまう。公恵は購買部へ行って、所有しているアイテムリストをはじめから見直し始めた。
佳代はドレスを着ていることが多いので、もしかしたら、おなじようにドレスを着たほうがもっと自分と話してくれるかもしれない……。
そうなると、いま公恵が所有しているどのアイテムも、彼女を満足させることはできないのではないかと思えてくる。
落胆して下駄箱に戻ると、ふたたび佳代を見かけた。
あれだけ自信たっぷりだった自分の服装も、いまはなんだか恥ずかしい。そそくさと下駄箱を後にして、ショッピングモールへ向かおうとしたとき、
「公恵ちゃん、いま時間ある?」
と佳代から声をかけられた。
「あるけど……どうしたの?」
どきどきしながらチャットを返すと、
「もしよかったら、これから2人きりで話せる場所に行かない?」
と誘われた。
佳代が連れてってくれたのは、『映画館(ノベルシアター)』と呼ばれる施設だった。
そこで私たちは、翔愛学園の同好会が作ったという映画を鑑賞した。
鑑賞後、佳代は公恵を連れ出して、「公恵ちゃん、もしよかったら、わたしたちと一緒に映画つくらない?」と誘ってきた。
意外な佳代の一言に、公恵は「えっ」と言葉を詰まらせる。
「わたしたちの同好会でね、映画をつくりたいねって話してて、仲間を探してるんだ。親しい【友だち】が増えれば、コスチュームやアイテムの交換もできるし、もっとおしゃれも楽しくなるよ!」
おしゃれをしないと、佳代の気を引けない。いつしかそんな風に思い込んでいた自分が、なんだかばかばかしくなった。佳代はゲームを始めたばかりの自分のことも思いやってくれている。とってもありがたいことだった。
大学でもゲームでも、勝手に自分で殻に閉じこもって、それを引け目に感じてしまって、なにもできない自分。
そんな自分の殻を打ち破ってくれたかのような、佳代の言葉だった。
「うん! いっしょに映画つくりたい!」
公恵は頬を赤らめながらも、満面の笑みで応えた。
「おしゃれがくれたチャンス!」おわり
この物語はフィクションです(協力:翔愛学園生徒の皆さん)