憧れは、人を笑顔にする仕事に就くこと。
小さい頃からの夢。
それを叶えるための準備期間が、今。
「せっかく夏なんだし、海に行こうよ」
私の部屋に来た友だちは、水着にアロハシャツ姿。
「潮干狩り用にバケツも持ってきてるんだ。二人でいっぱい獲ろう」
バケツを片手に、締りのない顔でへらへら笑う。
そんな相手の様子に、イラッと来て口調は鋭くなった。
「私には、そんな暇ないの!もっと勉強しなくちゃいけないんだから!」
「そっか。…わかった。勉強、がんばって」
去り際、相手が見せた寂しそうな顔。
なんでそんな顔するの?私、そんなにひどいこと言った?
尋ねる相手は閉じたドアの向こうに行ってしまった。
「だって、がんばらなきゃ夢が叶わないんだもの」
罪悪感をごまかす独り言。
開け放った窓の下、風がないから風鈴も寂しげに見えた。
机に向かい本を開く。
どうしよう。暑くて頭が働かない。
それでも頑張って本を読む。大事なところはノートに写す。
しばらくして、やっと風鈴が鳴った。
見あげると、青かった空はオレンジ色に変わり始めていた。
一日やったのに、勉強はちっとも捗らなかった。ノートには小さならくがき。
こんなことなら海に行けば良かったな。
今度は、スマホが鳴る。さっきの友だちからだった。
「もしもし?…花火大会?…うん。行く」
通話を終えて、席を立つ。
今夜は河原で花火大会だから、気分転換にどう?という誘いの電話だった。
まるで勉強が進んでいないことを見透かされているようだった。
浴衣、どこにしまったかな。
遠くからでもわかるくらい、大きな花火の音と光。
「おーい!待ってたよ!」
私に気づいて、手を振る友だちは、浴衣に着替えていた。
夜空の光に一瞬照らされた顔に浮かぶのは笑顔。
「一緒に見よう!こっちが空いてるんだ」
手を引かれて、人を避けながら土手を歩く。
大きな華が空に開くたびに、腹に響く空気の振動。
胸の底から楽しさがこみあげてくる。
「花火っていいよね。わくわくする!」
私の声も自然と弾む。
「あのさ、人を笑顔にしたいなら、君の笑顔を見せてよ」
「えっ?」
「君がしかめっ面してたら、こっちも寂しくなる」
今朝のやりとりを思い出してみる。
しかめっ面、してたのかな…?
打ち上がった花火が、キラキラと光を撒きちらす。
一瞬明るくなった会場、集まる人たち。
空を指差す子ども。花火を撮ろうとスマホを構える女の子。寄り添って眺める恋人たち。
みんなの笑顔が照らされて浮かんでは消える。
誰だって、一人ではうまく笑えない。
人を笑顔にしたいのは、私が誰かと一緒に笑っていたかったんだ。
そんな単純なこと、どうして忘れちゃってたんだろう。
「明日は潮干狩りするの?」
「君が来るならする。一人じゃバケツいっぱいにならないよ」
「他の子も誘えばいいじゃない」
「それ、わざと言ってるの?」
「…さぁね」
花火がまたひとつ、空に輝いた。