我が家へようこそ

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 校門を出て翔愛学園第一女子寮に向かう。寮長先生にあいさつをして玄関ロビーを歩いていき、すぐに1-0097**号室のドアを見つける。友だちの寮に招かれたのは初めてだった。緊張をほぐすようにそっとため息をついてから、部屋のドアをノックする。しばらく待つ。どたどたと足音が聞こえ、大きくドアが開く。女の子が顔をのぞかせた。青髪に猫耳カチューシャをつけ、黒いワンピースというかっこうだ。身長は150㎝ぐらいで小さいけれど、いつも元気いっぱいの明るい子だった。

のんの部屋

「のん、こんばんは^^」

坂本千恵は出迎えてくれた小さな女の子にあいさつをする。おとなしめの制服に黒髪を後ろで結んだ千恵は、おおよそ女の子らしさの感じられない、よく言えば竹を割ったようなサバサバした性格、悪く言えばがさつで男っぽいタチだった。【キャラフレ】のなかではかわいい女の子の【アバター】にすることもできたが、気恥ずかしさから、そこそこ無難な外見を選んでいた。

「千恵~待ってたよぉ(*´∀`)」

 うれしさ体全身で表現するかのように、のんは玄関先で激しく足を踏み鳴らす。プレゼントが待ちきれなくて地団太を踏む子どものようだった。

「お土産は!?」

「自分からお土産要求する奴があるかよ、まったく……ほら」

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 一応、招かれた身なのでお土産でも持っていくかと、千恵は紅茶を用意していた。ゲーム内で実りある学園生活を送ることができれば、能力値が上昇していく。千恵はそんな能力値と交換でティーセットアールグレイのポットを手に入れたのだった。

「すごーい、お紅茶だぁ-☆└(゚∀゚└))((┘゚∀゚)┘」

「上がっていいか?」

「どうぞどうぞ~」

 のんに手を引かれ、彼女の部屋にたどり着く。白と黒を基調にした室内は、趣味よくまとめられていた。普段、他人を巻き込む元気溌剌なのんからは想像もできなかった。千恵はてっきり、ピンク色に塗りこめられた、おもちゃ箱をひっくり返したような部屋だと思っていたのだ。

「意外にセンスいいんだな、のん!」

「〝意外〟とはなによぉ……」

のんのテーブル

 お土産の紅茶をいれながら、千恵とのんは紅茶の話で盛り上がった。現実では〝男っぽい〟と見られがちな千恵は、紅茶に凝っている。そんな彼女の趣味を聞くと、「へえ、随分と女の子っぽい趣味ですねえ」などと笑われることが多かった。

 でも、【キャラフレ】のなかでなら、そんな気兼ねなく趣味の紅茶について語れる友だちがいる。あらためて

「それにしても、楽しみだなぁ!」

「え、なにが?」

「だって今度は千恵があたしを招待してくれるんでしょう!?」

 のんは瞳を輝かせて迫ってくる。

「はあ!? なんでのんをあたしの部屋に招待するんだよ」

 のんの理屈はわかる。招かれたお返しに、客をもてなす。たしかに道理ではあるが、千恵にはひとつ、不安なことがあったのだった。

 のんの部屋をかわいいの押し売りのような部屋だろうと勝手に想像したように、彼女も千恵の部屋がどんなものか想像する。そんな期待と現実がかけ離れてしまったら、のんをがっかりさせてしまうだろう。

 それは現実生活で、千恵の趣味が紅茶だと知った他人に嘲笑される恥ずかしさにも似たものだった。せっかく気の合う趣味友ができたのに、嫌われてしまうのではないか……。だから思わず千恵は、強い口調でのんを否定してしまったのだった。

「そんなに嫌がらなくったっていいじゃん。千恵の部屋にお呼ばれされたいよぉ(*´v`*)」

「別に……なんの変哲もない普通の部屋だよ」

「だったらなおさら呼んでくれたっていいじゃない~」

「う、うん……考えとく」

 千恵は言葉を濁したが、のんは「やったー」とさっそくはしゃぎはじめている。

「楽しみにしてるね!」

「まだのんを呼ぶと決まったわけじゃないからな!?」

 念を押す千恵のことなどまったく無視して、のんは「わたしもお土産持っていくからね!」とにっこり笑った。

一応、千恵も寮に入っている。ゲーム内の無料通貨である【チケット】を貯めることで、だれでも入寮はできる。寮は男子寮、女子寮にわかれており、日記機能やBGM設定機能、そのほか自分だけの部屋を自由にカスタムしていくことができる。

千恵の部屋の内装はというと、暗雲垂れこむ靄を背景に荒涼とした草原が広がる、夜明け前の荒地だった。家具は高価な椅子がちょこんとあるのみ。陰鬱で死と絶望と終末未来観とを描いた画家・ベシンスキーが好きな千恵は、そんな世界観を室内で再現していたのだった。

ベシンスキー

他人をもてなす部屋ではないことはあきらかだ。千恵はさっそくショッピングモールに歩を向け、模様替えの準備をはじめた。

 のんと知り合ったのは二か月前のことだった。【キャラフレ】をはじめたばかりだった千恵は、のんに声をかけられ、顔見知りとなり、紅茶という共通の趣味があることがわかると、ゲームを通じてよく言葉を交わすようになっていた。

 前向きで、人見知りせずどんどん友だちの輪を広げていけるのんを、千恵はありがたいと感じていた。いくらネット上の仮想世界だったとしても、やはり友だちを作ろうとして断られたらショックだし、また臆病になってしまって、結局、人間関係は現実の二番煎じということも少なくない。

 でも、のんはそんな臆病だった千恵を巻きこむ形で、ずんずん引っ張ってくれている。ブログもやったことがない千恵が、紅茶に関する日記を書きはじめたのも、【キャラフレ】でのんと出会うことができたからだ。

 そんな千恵の生活をささやかながらも変え、実りあるものにしてくれたのんを、なんとか喜ばせたい――【キャラフレ】をはじめて三年というのんを驚かすのは容易ではないだろうが――千恵は寮の機能をくまなく調べた。そこで発見したのが、寮と反対側にあるカフェ『天使のとまり木』で販売している食材セットだった。

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 のんに手料理を出すことができる。紅茶をいれるだけでなく、一緒にお菓子も作れたらさぞ楽しいだろうな、紅茶と相性のいいフレーバーの話もしたい……のんをもてなす準備をしながら、彼女がよろこぶであろう姿を想像してほくそ笑む自分に気がついて、千恵は頬を赤らめた。

(のんは、ほんとうに喜んでくれるかな……)

 内装を整え、食材やお茶もそろえた。あとは約束の日を待つばかりとなった。

ピンポーン!

 呼び鈴が鳴ったので、千恵がドアを開けると、「おじゃまします!」といつも通り元気たっぷりにのんがあらわれた。「はい、これお土産ね♪」と言って、のんは千恵の部屋に入っていった。

 奇天烈な内装は、いまは無難なものに変わっている。ちゃんと中央にテーブルが配置され、美しい景色を切り取ったような小窓も配置されていた。ちょっとおしゃれなカフェといった内装だった。

千恵の部屋

「……どうだ?」

 恐る恐る千恵がのんに訊ねてみる。

「な~んだ。もっとちーちゃんの部屋ぶっ飛んでるのかと思ったのにぃ……」

「ぶ、ぶっとんでるって……!?」

「ほら、ちーちゃん、muzie(インディーズ音楽配信サイト)のロック系バンドが好きだって言ってたから、お部屋もパンクなのかと思ったのヽ(‘∀`○)ノ」

 無邪気にそんなことを言い放つのんを目の前にして、千恵はしばし呆然とした。彼女に喜んでもらうため、せっかく模様替えをし、食材だって用意したのに……。『な~んだ』と言われては、千恵も残念でならない。

「ちーちゃん、どうしたの?」

「悪かったな、ご期待に添えなくて……」

「あれ……? もしかして怒ってる?」

「……殺風景な部屋じゃあ、のんをもてなせないと思って……それで模様替えしたんだよ!」

 思わず千恵が吐いた本音が、のんには衝撃として伝わったのか、一瞬で眉根を寄せ、深刻な表情を作った。

「そっか、せっかく用意してくれたのに……ごめんなさい!!」

 全身で放言を詫びるかのように、のんは深々と頭を下げる。

「別に……いいよ。もしよかったらさ、手料理でも作るから待っててくれよ」

「え!? ちーちゃんの手料理!?」

 深刻な表情から一転、ふたたび瞳を輝かせて、のんがすり寄ってくる。

「ああ……なにが出来上がるかはお楽しみだけどな!」

「のんも手伝う~」

 二人してキッチンに並んだ千恵とのんは、さっそく冷蔵庫から食材をとりだした。野菜を洗い、手分けして包丁で一口サイズに刻みはじめる。

「おい、のん! 包丁の持ち方、危なっかしいな……料理したことあるのか?」

「えへっ」いたずらっぽい笑みを浮かべたのんは、「はじめて♡」と答える。

「お前な……」

まるで手のかかる子どものようだったが、どこか憎めないのんの人柄に、千恵は思わず頬を緩めていたのだった。

「我が家へようこそ」おわり

この物語はフィクションです