傘をわざと忘れてきたのは、涙をみせたくなかったから

雨の日の午後は行きつけのカフェでいつもの紅茶。
他のお客さんがいないから、ゆったりと自分の時間を味わうの。
大好きな先輩に教わった休日の過ごし方。
今日はテラス席に先輩がいてびっくり。
そりゃそうだよね。教えてくれたの彼だもん。
最近いそがしくて校内でもほとんど会えなかったから嬉しくてたまらない。
学校で会えなくても、雨の日の午後はここで会えるよね。
ふたりきりの空間で心地よい音楽と美味しい紅茶。
自然とおしゃべりも弾むの。
先輩の笑顔が好き。声も好き。珈琲にミルクを入れないと飲めないところも可愛い。
夢のような時間。心に羽根が生えた気分。

--来月から海外に行くんだ。やっと夢の入口に立てそうなんだよ。

先輩の言葉に、耳を疑ってしまう。
興奮した様子で楽しそうに進路を語る先輩。

--もうここには来れないから記念に。最後に君とお茶できてよかったよ。

先輩の夢、心から祝福したいのに、あふれてくるのは涙ばかり。
こんなんじゃ、先輩に申し訳ない。
とっさにテラス席の外に飛びだしてた。
外は雨。あっという間にずぶ濡れ。
でも、なぜだろう。今日の雨はとても優しい気がするの。

--傘を忘れてるよ!

先輩が声をかけてくる。

--あは、うっかりしてました。

うまく笑えたかな。

--おめでとうございます。応援してます。

涙じゃないよ。雨に濡れただけだから。
お願い、気づかないで。

帰り道、まっすぐ部屋に戻りたくなくて回り道。
この日みた紫陽花の風景、きっと一生忘れない。