二つの星座[後編]

☆ ☆ ☆

ボンジョルノこと、天使のとまり木で待つこと30分。
太陽がとっぷりと沈み、星が見え始めた頃に恵はやってきた。

638846_19455
学生服ではなく白いワンピースにサンダルを履いている。

「待たせちゃったわ。」
「ううん。持ってきた?」
「ええ。」
「そっかそっか。じゃ、行こうか。」
「ほ、ほんとに行くの?」
「そのつもりで準備して来たんでしょ?」
まだ迷っている恵の手を掴むと、私は桜並木を学園とは反対の方向へと歩き出した。
「え、学園に行くんじゃないの…?」
「うん、学園に行くんだよ。」
キョトンとしたまま、私に手を引かれて恵が着いてくる。
もう辺りは暗くなっているが、何人かの人達が桜並木を歩いている。私が言ったように、気の早い人達が、祭りの準備を見学に行こうとしているのだろう。
人の流れ乗るように、私達も桜並木を歩いて広場へと出る。そして、裏山に差し掛かったところで、流れから外れて鬱蒼とした木々の方へと進んでいった。
「どこに向かってるの?涼子ちゃん。」
「ふふ。もうすぐ着くわよ~。」
草と小石を踏みしめて、あまり整備がされていない道を進むと目的地に辿り着いた。
「よし、着いた~。」
「え、ここって…」
「ふふ、驚いた?」
「裏門…」
木々の間から突如として現れたのは、色あせたレンガと錆びついた鉄の門だった。その奥には、今は使われていない旧校舎が静かに眠っている。

638845_19455
「たまにね、夜の校舎に忍び込む時に使うんだ。」
「忍び込むって…完全に不良少女じゃない…」
「大丈夫。不良少女だって学園の先生になれる時代よ。少しくらい冒険をした方がいいの。」
「それ、西園寺先生が聞いたら怒るわよ…」
裏門をソッと手で押すと、キィ…と一鳴きして門は開いた。
私が門を通ると、恵もしきりに辺りを気にしながら、私の後に続いた。
「見つかったら怒られるわ…」
「大丈夫。この時間は先生達も帰ってるから。」
「そうだとしても……でも、学園の天使は見てるでしょう?」
「羨ましそうにね。」
体育館脇を通り、運動場を真っ直ぐに進む。
月しか照らすものがないからか、暗い運動場はいつもより広大に見えた。
「さ、ぶつぶつ言っててもしょうがないよ。もし見つかったら庇ってあげるから。」
「そういう問題じゃないでしょう。」
恵の手を引いたまま、私は更衣室の前へと辿り着いた。
「ちょっと待ってて…」
恵の手を離して、更衣室の鍵をポケットから取り出す。
「なんで涼子ちゃんが鍵を持ってるの?」
「いつも恵と一緒に登校してるでしょ。その時間はまだ部員が誰も来てないのよ。だから夏休みの間、最初に来る私が鍵を貸して貰ってるの。」

ガチャ

更衣室の扉を開くと、その先には闇のような空間が広がっていた。
「どうぞ。」
私は恵の背を軽く押した。
「どうぞって…電気付けないと真っ暗で何も見えないわよ…」
「万が一にも明かりが外に漏れないように、電気は扉を閉めたら付けるね。」
「抜け目ないわね…」
二人して闇の中に入った後、扉を閉めて、私は手探りで電気のスイッチを入れた。
「まぶし…!」
「さ、早く着替えて着替えて。」
片手で目を覆っている恵に声をかけ、私はさっさと水着へと着替えていった。

――プールサイド――

私と恵は、水着に着替えるとプールサイドへ出た。
嗅ぎ慣れた塩素の匂いは昼間と変わらないが、水面は星空が広がり、夜の顔をしていた。

638844_19455
「恵、水着似合ってるよ。」
「スクール水着に似合ってるとかってあるの?」
「ん~…あるんじゃない?」
体育を見学することが多かった恵のスクール水着姿は初めて見た。
本当は「可愛い」と表現をしたかったが、クラスメイトのスクール水着姿にその言葉を使うのは、適切かどうか疑問が残ったため控えた。
「い、いきなり水に飛び込んだら身体によくないから…。」
何かを誤魔化すように、シャワーのあるところまで恵を連れて行く。
「お湯だからね。」
シャワーのバルブを回すと、温かいお湯が恵の頭上から降り注いだ。
「わ、わ、わ。」
「ちゃんと全身にかけるのよ~。」
私も恵を真似て頭からお湯をかぶる。冷水ではないが、これで少しは頭も冷えるだろう。
一通り身体を濡らし、シャワーを止めた後、簡単に準備体操をする。
そして、いよいよ恵のプール初体験の時を迎えた。
「水…冷たくないかしら…?」
「どれどれ~。」
恵の緊張を解くために、まずは私がプールに入ることにした。
右足を静かに水の上に乗せると、小さな波紋が広がり、水面で眠っていた月が揺れた。
昼に泳いだ時と比べればひんやりとしているが、それでもまだ太陽の温かさが水には残っている。
「どぉ?」
腰まで水に浸かった私に向かって、恵がしゃがみ込んで訪ねてくる。
その顔に、夜のプールに忍び込んだ罪悪感はもはやなかった。
「うん。少し冷たいけど大丈夫だよ。」
「そう…」
恵の爪先が水面を突っつく。
「思ったより冷たいわ…」
「プールに入る時、最初はいつもそうだよ。」
胸まで浸かった私は恵に向かって手を伸ばしたが、自分のペースで入るからとその手は拒絶された。
(これは時間がかかりそうね…)
好奇心と怯えが半々といったところか。
水に足をつけては引っ込め、引っ込めてはつけてを繰り返す。
「お、溺れないかしら…」
「恵は小さいからどうだろうね?」
「もぉ…馬鹿にしてるの?」
頬を膨らませた恵が、覚悟を決めたのか一気にプールへと飛び込んだ。

じゃぼん…!

辺りに水しぶきが上がり、私の顔にも水滴がつく。
「わ、ちょっと大丈夫?」
「えぇ。」
肩までトプンと水に浸かった恵が、首をコクンと縦に動かす。
私にとっては胸くらいの水位だが、恵には丁度いい深さだったようだ。
「ちゃ、ちゃんと足が着いたわ…」
あからさまな安堵の表情に、結構本気で心配していた事が伺える。
「おめでとう。」
「え?」
「プール初体験。」
「ふふ、そうね。」
恵が満面の笑みを浮かべた。
その表情を見ていると、ここに誘って本当に良かったと思える。
「さ、せっかくだし、好きに遊ぼう。」
私は恵に水をかけると、二人きりのプールを満喫し始めた。

638842_19455

 

☆ ☆ ☆

恵にクロールを教えたり、水中でジャンケンをしたり、ただただ水を掛け合ったり・・・ひとしきり遊んだ後、私達は揃って水に浮かんで空を眺めた。
同じプールに浮かんでいる。
ただそれだけのことなのに、心が不思議と落ち着く。
恵と一つになれた気がする。
「星が綺麗ね。」
恵がポツリと呟いた。
「こうしていると、夜空の中を浮かんでいるみたい…」
「そうだね。」
「なんだか星座になったみたい…」
星座…
恵の詩的な表現が綺麗だったから、口の中でその言葉をそっと繰り返す。私よりも本を読んでいるからか、或いは、ただ単に私より感性が豊かなのか…。
「私、涼子ちゃんに出会えてホントによかった。」
「あはは・・・やめてよ。恥ずかしいこと言われるのは苦手なの。」
「恥ずかしくなんてないわ……お礼よ。広い学園の中で、私を見つけてくれたお礼。」
「それなら私もお礼を言わないとね。恵みたいな可愛い親友が出来て、私はとっても幸せよ。」
「……結構はずかしいわね。」
「恵が言い出したんじゃん。」
「うう…そうだけどぉ。」
顔を見ていなくても、恵が赤面しているのが分かる。
出会ってたった数ヶ月だけれど、もうお互いにお互いが生活の一部となっている。
切っても切り離せない存在。
いつまでもこうしていたいと心の底から思う。
いつまでも・・・いつまでも・・・
「…へっくちゅ。」
「あ、大丈夫?」
「ええ…」
「結構長い間プールにいたもんね。そろそろ帰ろっか。」
「そうね。・・・また誘ってね。」
「勿論。でも、次は見つかっても庇わないわよ。」
「見つからないから大丈夫よ。」
「あはは。」
「ふふふ。」
空には、ゆっくりと厚い雲が広がり始めていた…。

☆ ☆ ☆

シャワーでプールの塩素を落とし、更衣室に戻った時には、遠くで低い雷鳴が唸りをあげているのがはっきりと聞こえた。
「雷…?」
「急いだ方が良さそうだね。」
更衣室の扉を開けると、来た時と同じように扉を閉めてから電気をつけた。
どんどん近付いてくる雷の音を聞きながら、私は手早く着替えを済ませていく。
髪を乾かしている暇はどうやらなさそうだ。
「ごめんなさい、涼子ちゃん。」
水着を脱ぐのに手間取っていた恵が、着替えが終わった事を告げてきた。
「急ごう。」
更衣室の電気を消して扉を開いた。
瞬間、湿った生温い空気が土の匂いを運んできた。
「うわ、ぎりぎりかも…走るよ!」
「う、うん!」
少しでも身軽な方がいいだろうと、私は恵の鞄を取り上げて運動場を真っ直ぐに裏門へと走り出した。
サッカーコートからテニスコートに差し掛かった時、ついに大粒の雫が頭や腕に当たり始めた。


「うわ、ぎりぎりアウトだ…」

ポッ…ポッ…

生温い風が一転して冷たい強風へと変わり、一気に雨足が強くなる。
「うひゃぁ~!」
そして、あっという間に雨が滝のように降ってきた。

ゴロロロ…

大粒の雨が地上に吹き降ろしてくる。
これなら、髪を乾かさなくてよかった。
体育館前まで来て後ろを振り返ると、恵の姿が雨の中でぼやけてみえた。
かなり私より遅れている。
地面がぬかるんで、サンダルだとうまく走れないんだ。
「恵、大丈夫!?」
大声で叫んだが、私の声は土砂降りの雨に掻き消された。
私は走るのを止めて、恵の傍へと駆け戻った。
「恵!」
滑って転びそうになった恵の身体を、間一髪で受け止める。
「ごめ…なさい……遅くて……」
「ううん。大丈夫。」
肩で大きく息をしながら項垂れた恵が謝った。
恵の白いワンピースは、雨でずぶぬれになってしまっている。
「はぁ・・・はぁ・・・っ」
「恵・・・?」
左腕で恵を抱えたまま、右手で濡れた髪をどかし顔を覗き込む。
焦点の定まっていない瞳が、私の背後を見て弱った笑顔を見せた。
「恵っ!」
途端、私の腕にかかる恵の重さが増した。
「ちょっと、しっかり!・・・ほら、乗って!」
力の抜けた恵に背を向けてしゃがみ込む。
だらんとした恵の腕が私の肩にかかり、背中に恵の体重がかかる。
「よいっしょっと!」
私は恵をおぶって再び走り出した。
さっきまで雲ひとつなかった星空は、今は星ひとつない灰色の空へと変わっていた。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
裏門の前まで走り、旧校舎が目に入った。
「そうだ…ここなら雨宿りが出来る…。」
私は、旧校舎へと駆けこむと、静かに恵を下ろした。

638838_19455
「恵!」
髪をどかして、恵の頬を両手で包む。
熱い。
熱がある。
「め、恵…!ごめん!私ぃ!」
「だい・・・じょうぶ・・・」
「大丈夫って!熱!出てるじゃん!」
「すこし・・・やすめば、だいじょうぶ・・・だから・・・」
顔が赤い。
息も苦しそうだ。
大丈夫なわけない!
「だから・・・ね・・・おちついて…」
息も絶え絶えに、それでも大丈夫だと恵は弱々しい笑顔を見せた。取り乱している私を落ち着かせようと、苦しそうな笑顔を浮かべて…
(そうよ。私が取り乱してどうするの……今、恵を守れるのは私しかいないじゃない。)
私は目尻に溜まった涙を手の甲で拭った。
「うん。ごめん、私はもう大丈夫。」
「…う、ん。」
鞄からタオルを取り出して、私は恵の身体を拭いていった。
「すぐ、雨はやむから…少しだけ、頑張ってね…。」
「…。」
恵の身体を引き寄せてタオルでくるむ。そして、寄り添うようにソッと身体を近づけた。
「涼子…ちゃん…」
「なに、恵?」
雨が恵の言葉を今にも掻き消そうとする。
「さむい、わね…」
目を閉じたまま、唇を僅かに動かしてそう呟く。
肩に感じる恵の重さが増えた気がした。
「大丈夫。大丈夫だよ…すぐに雨はやむから…」
露出している恵の腕や腿を擦りながら、恵が凍えないように私は必死に温めた。
「…。」
どんどん近付く雷の音ともに、私の中に怒涛のように後悔が押し寄せてきた。
もう少し更衣室で待っていればよかった。
いや、違う。
そもそも夜の学校のプールに忍び込んだのが間違っていたんだ。
恵は身体が弱いのに、今日だって保健室で休んでいたのに、それなのに夜のプールで遊んでいたから熱を出したんだ。
バチが当たったんだ。
学園の天使が怒ったんだ。
「う……くぅ…」
再び涙が溢れてきた。
雨と雷が私の嗚咽を掻き消してくれたが、それでも溢れる涙は止まらなかった。
私の行動で恵を危険な目に合わせてしまった事が、凄まじく辛かった。
悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれない。
私はただただ、早く雨が止むようにと祈ることしか出来なかった。

どれくらいの時間、旧校舎にいただろうか。

638837_19455
夕立が止んだ後、私は寝息を立てる恵をおぶって寮まで戻った。
寮長の大滝先生と一緒に、すぐに恵を部屋まで運んでお医者さんを呼んだ。
お医者さんが来て恵を診察してくれている間、私は大滝先生が貸してくれた寮長室のシャワーを浴びていた。
温かいシャワーも、冷めた心にまでは届かない。
シャワーから出てくると、丁度お医者さんが寮から帰っていくところだった。
「大滝先生!恵は…恵は大丈夫ですか!?」
「ええ。今は落ち着いて休んでいるわ。ちょっとはしゃぎすぎちゃったのかしらね。数日休めばよくなるわよ。」
「そう…ですか…。」
「……何をしてたかは聞かないけど、夜遊びは程々にしないとダメよ。貴女のお母さんも心配するわ。」
大滝先生は私を叱るでもなく、心配するように肩を叩いた。

644703_19455
「もう今日は遅いわ。お家の方には連絡を入れておいたから、寮の空いてる部屋に泊まっていきなさい。」
「ありがとう、ございます。」
大滝先生は落ち込んでいる私の背中を擦ってくれたけど、優しくされるのが逆に辛かった。

☆ ☆ ☆

次の日、日常の風景に恵はいなかった。
四季が何度廻っても変わらないと信じていた日常は、驚く程あっさりと終わりを迎えてしまった。
下駄箱の上段に手を伸ばして引っ込める。
今日は恵はいないんだった。
しゃがんで自分の下駄箱を探す。
見つからない。
結局、五分程探してやっと自分の名前を見つけた。まさかこんなに時間がかかるなんて思わなかった。

部活中も、恵のことが頭を離れなかった。
「涼子、どうしたの?今日全然タイム出なかったじゃん。」
「ううん……別に。」
「別にって…、そういえばいつものあの子は?」
「……風邪、ひいちゃって…」
何気ない言葉が、まるで私が恵の具合を悪くしたのを責めているように聞こえた。
「そっかぁ。それじゃ、私達と今夜の祭り行く?」
「ごめん。いい。」
「そぉ。…大丈夫!風邪なんてすぐに治るわよ。涼子まで落ち込んだらダメでしょ。」
「…そうだね、ありがとう。」
夏祭り――
昨日、恵に無茶をさせなければ一緒に今日行けたのに…。
きっと恵は優しい子だから、一緒に行けなくなった自分を責めるだろう。自分の所為で、夏祭りに行く約束が果たせなくなったと…。でもそれは、私が恵に無理をさせたからで、恵はけして悪くない。
私は二重の意味で恵に辛い思いをさせてしまっている。
そう思うと、恵に会わす顔は最早どこにもなかった。

☆ ☆ ☆

恵が登校をしなくなってから三日が経った。

638833_19455
その間、私は恵に謝りに行こうと何度か寮を訪れたが、結局恵の部屋にまで行く勇気は出せなかった。
「…はぁ。」
私の気分とは正反対に、太陽はじりじりと燃え盛っている。
まだ朝の八時前だというのに、既にアスファルトの地面はゆらゆらと陽炎を立ち上らせていた。
とはいえ、学校全体は私と同じでなんだか元気がないように感じる。まさか、私の気分が伝染したのだろうか。草木がぐったりとしている。
「…あ。」
そっか。
恵が来なくなったから、水やりをしていないんだ。きっと先生方も忘れてしまっているのだろう。もし、この草木が枯れてしまったら、恵はどう思うだろうか…。
「………。」
気付けば、私は恵の代わりに水やりをしていた。
水泳部の部長に断って、午前中だけ休みを貰って水やりに専念することにした。
恵が言っていた「学園中の草花」というのが、どの範囲を指しているかは分からなかったが、学園中と言うからには学園中なのだろう。
花壇前、裏庭、と水をやり、運動場の木々にもホースで水をやっていく。
(学園に草花ってこんなにあったんだ…)
何の変哲もないただの木も、久々の水を喜んでいるように見える。
その時、運動場の片隅に、何か落ちているのを見つけた。
「…あ。」
小さなサンダル。

IB1300_0016_01_AVR301
どこかで見覚えがあるけど……これって…。
「あの日、恵が履いてたやつ…。」
なんでこんなところに落ちているのだろう。
もしかして、気がつかなかったけどあの晩、恵はサンダルを落として帰ってしまったのだろうか。
「……。」
届けてあげないとダメなのは分かっているが、恵に会う勇気が今の私にあるだろうか。サンダルを拾い上げたまま、私は暫く考えることにした。

☆ ☆ ☆

結局、私は寮にいる恵に会いに行くことを決めた。
顔は合わせづらかったが、これ以上時間を空けるともっと合わせづらくなると感じた。

コンコン…

恵の部屋をノックする。

644640_19455
「はぁい。」
ドアの向こうから、恵の声が聞こえてくる。久々に聞いたその声に既に涙腺がやばい。
「恵、私…」
「涼子ちゃん!?」
「入ってもいいかな…」
「うん。」
覚悟を決めて、ゆっくりとドアを開ける。
「お邪魔します。」
ドアを開けると、柑橘系の爽やかな匂いが香ってきた。
西日に照らされた部屋の中は、綺麗にオレンジ色に染まっている。
そのオレンジ色の中で、いつかの保健室の時と同じく、恵はベッドの上で上半身だけを起こしていた。
「いらっしゃい。」
「うん。」
恵と目が合い、反射的に私は反らしてしまう。
「具合はもういいの?」
「ええ、大丈夫よ。」
「そっか…」
何を話そうか。伝えたいことはたくさんある。だけど、会ったら言おうと思っていたことは、恵の顔を見たら全て忘れてしまった。そ、そうだ、まずは謝らないといけない。
「恵、ごめん。」
「涼子ちゃん?」
「私のせいで、具合悪くさせて、それに、夏祭りもいけなくなった……全部、私のせい。」
「…。」
「許してもらえないかもしれないけど、私……」
「涼子ちゃん。謝ることが間違ってるよ。」
「…え?」
間違っている?何を間違っていると言うのだろうか。
「分からないって顔してるから教えてあげるね。涼子ちゃんが謝らなくちゃいけないのは、どうして三日も顔を見せてくれなかったのかってこと。」
「え…」
「私、ずっと待ってたんだよ?あの日、具合が悪くなった私をおぶって連れて帰ってくれたこととか、ずっとお礼を言いたかったんだから。」
「いや、でもそれは、私のせいで…」
「涼子ちゃんのおかげで、あんな素敵な経験が出来たのよ。それまで否定する気?」
そこで初めて、私は恵が怒っていないことに気がついた。
「もっと早く来て欲しかったな。そしたらすぐにでも元気になったのに。」
「め、恵ぃ!」
私は駆け出して、ベッドにいる恵の横にしゃがみ込んだ。
「ごめん、ごめんねぇ!……だって…恵を、私苦しめて……だから…」
「もう。心配しすぎよ。私、そんなにやわじゃないんだから。」
泣きじゃくる私の頭を、恵が優しく撫でてくる。
よかった。ほんとによかった。恵が元気でいてくれて。きっと天使が恵を守ってくれたんだ。
「もぉ、そんなに泣かないでよぉ。こっちまで、泣きたくなるじゃない…」
恵も鼻声になっている。
「そ、そうだ。……あの、サンダル……見つけて…」
「サンダル?」
「うん。」
私は恵に涙を見せないように、目元をぐしぐしと擦ると、鞄から運動場で見つけたサンダルを取り出した。
「恵のでしょ?」
「うん。……そっか、落としてたんだ。」
「そうみたいだね。」
私と恵は顔を合わせると、三日ぶりに笑いあった。
「……ほんとにありがとう。見つけてくれて。」
「ううん。当然のことよ。」
「サンダルじゃないわ。涼子ちゃんが、私を見つけてくれて、ありがとうってこと。」
「…どこにいても見つけるよ。私はもう、恵がいないと下駄箱も満足に見つけられないようだから。」
「下駄箱?」
「ふふふ。こっちの事。」
それから、私達は三日の時間を埋めるように、空が暗くなるまで話をしていた。
時計も七時を回り、そろそろ帰らないとという時に、恵が私を呼び止めた。
「私、二学期になったら水泳部に入るわ。」
「え?なんで?」
「もう一度、あの星空の中を涼子ちゃんと一緒に泳ぎたいから。」
「そっか…うん、私も同じ気持ちだよ。」
「よかった。」
「恵、大好きだよ。」
「うん、私も!」

次の日、私は再び恵の下駄箱に手を伸ばすことになった。
真夏の太陽は変わらず今日も熱かった…。

644637_19455

 

文章:第四回シナリオコンテストより

協力:翔愛学園カレッジコースのみなさん